いつもその先は未定。

自分で全部責任とる覚悟だけあれば何したっていいじゃない。

そんなに早く。

そんなに早く、夢が夢でなくなるなんて。

 

信じられないような、どこかで信じていたような。

驚くよりも、それはとても自然なことのようですーっと溶け込んでいる。

 

あなたに会うためにここにきたんだと。

 

今まで埋められなかった心の中のすきまをすーっと埋めていくように、温かなそよ風が心を満たしていく。

 

ここへきて、ほんとうによかった。

何があっても大丈夫だ。

 

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赤ちゃんのほっぺみたいにやわらかい。

綿毛のように軽い。

そよ風のようにさわやかで

心があたたかい光に満たされていく。

 

そんな夢を見た。

 

思い出すたび、あたたかな気持ちが胸いっぱいにあふれる。

 

春の陽気の草原の上で、たたずんでいた。

向こうから、白い花をたずさえて、その人がやってくる。

そのままわたしを抱きしめて、ほんとうに、ほんとうに天使のように優しく、キスをする。 

 

そんな夢を見た。

 

このひとと、生きていくんだと思って目覚めた。

 

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少しずつ、少しずつ little by little..

カナダに来て4日目。

毎日が挑戦で、ストレスフルで、でも、人の気持ちが嬉しい。

 

言葉は聞き取れないし、話せない。でも4日目にしてようやく自分からなんでもいいから伝えてみることをしてみたら、会話が続いた。

自分が話しかけたことだと、相手の返事もそれに関することだから聞き取りやすい。

他の人が会話している内容は、理解できないことが多いけれど、自分から話しかけるとちゃんと会話になることも多いから、そうやってトライしていくしかない。

 

月曜日から学校も始まる。

私らしくやるしかない。

 

ホームシックだし心細いし、自信もないけど、自分を信じてやることでしか自信は手に入らない。部屋でメソメソしていても何も始まらないのだから、やってみるしかないのだ。

 

でも、こんなに心細かったのだということだけは記録として残そうと思って書いています。自分の気持ちは全部受け入れていこう。心細いし、今は泣いてしまっているけれど、話しかけてみようと努力してうまくいって、達成感も味わった、し、もっと頑張ってみよう、通じ合った時は楽しい!と思えているから。話せないことと心細いことは別物だ。だって日本にいたって孤独を感じて心細いことはあったし。

そうだ。土地のせいじゃない。

 

私はいつも寂しくて楽しくて嬉しくて。私でしかない。

この私ができる限りのことをここで、やるだけなのだ。

楽し方へ努力するだけなのだ。

 

絶対楽しい生活になるに決まっているのだから。

これから友達も作って、仕事も見つけて、何か見つけて帰らなきゃいけないのだから。

 

little by little...

 

どこにいたって遠くにいたって心は繋がっているし、話しかけたらみんな答えてくれるから。

 

よし。

 

考えることを諦めず、それでも流されること

f:id:o-ayumi-4922:20190619105857j:image昨日の18:00に飛ぶはずだった飛行機は、機体の整備で、2時間半乗客を待たせたのち、欠航になった。

 

そこからの航空会社の迅速で丁寧な対応は、経験からくるものとはいえ、同じサービス業に携わっていたものから見ると素晴らしいものだった。

 

そして、東京タワーの見えるリッチなホテルで寝心地のよいベッドで熟睡し、朝は美味しいブッフェで朝食。

 

気を取り直して今日の17:30に出発だ。

 

海外は過去にアジアに2回、それも友達が大体準備してくれていた。飛行機のハプニングも特になかった。

今回は1年のカナダへのワーホリ。

準備に準備を重ね、乗り継ぎの動線なども詳細に調べ、前日の夜は寝られなかったほどなのに。

いざ、飛ぶ時になって、飛ばない。

大きなハプニングの前では流されるしかないのね。

 

結局のところ、不安だったシカゴ空港での乗り継ぎもしなくて良くなり、質の良いホテルでゆっくりでき、いいこと尽くしだったのよ。

 

この経験に意味があるとするならば、流れの中で情報を取りに行き、能動的に考えるということは大事だけれど、押し流されたら抗わず、流されろ、ということね。

 

わたしに守るべき大義はないもの。

考える葦なのよ。

台風が来て大波が来たら流されて、もしまた地に足をつけられるのなら、そこで根を張り考えましょ。

 

 

恋をした。

 

日本を発つ、前日

わたしは恋をした

 

とてもいい日だった

こんな気持ちのいい日に

恋をして、

ああ、よかったなあ

 

胸の奥から温かいものが込み上げて

鼻の奥がツンとして

 

くしゅん、と

 

くしゃみがでた

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読書について

本は読むべきだと思うわ。

本には自分には考えもつかないような他人の心の洞察や、知らない世界のこと、勇敢さとは優しさとは何かについて書いてあるもの。

 

「勇気と優しさを忘れずに」

数日前、地上波放映された、実写版シンデレラで、シンデレラのお母さんが言っていたけれど、人は暮らしの中で「勇気と優しさ」を忘れてしまいがちよ。優しさはみんな心の中に必ずあるけれど、その優しさが臆病な心によってうまく表せてないことがあるような気がするの。

 

怖いという気持ちほど、人間の行動を制約するものはないわね。

そんな時に本の中の、勇敢だったり、優しかったり、愛嬌のある登場人物たちは、私に忘れていたものを思い出させてくれるわ。

 

幼稚園の頃から本が好きだった私は、小学生でも友達が少なくて、授業と授業の間の5分休憩でも読書をするような本の虫だったわ。

その頃読んだ「マーリン」というお話に夢中になったわ。

https://www.amazon.co.jp/%E9%AD%94%E6%B3%95%E3%81%AE%E5%B3%B6%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%A9-%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3-1-T%E3%83%BB-%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%AD%E3%83%B3/dp/4072397644 (中古品が¥48で売られていることに愕然としたわ。。)

勇敢な主人公、真の勇気とは何か、教えてくれるお話よ。

大人になって読み返したのよ。児童文学らしく、読みやすい活字が並んでいるのだけれど、小学生の頃と同じように想像力の羽を広げられたわね〜。みたこともない素晴らしい世界を、マーリンと一緒に眺め、心にエネルギーが湧いてくるのを感じたわ。想像力って本当に素晴らしいものよ。

 その世界が現実にあるかどうかが問題じゃないの。素晴らしい世界を想像すること自体が、心に明るさやエネルギーをもたらしてくれるのよ。

 

時々心が寂しいな、と思う時に本が恋しくなるの。

自分のことがいやになりそうな時、本が恋しくなるの。

他人に憎しみを抱きそうになった時本にすがるの。

同じ本を読んでも、その人その人が受け取る世界は様々よね。

自分がみたい世界を本の世界に見るの。

登場人物の言葉に助けられながら。

 

そうやっていい方へ軌道修正してくれるのが本だと思っているわ。

愚かすぎて、自分一人では転がり落ちてしまうような人間だから。

 

読書は大事。

本って素敵。

読まなくなった時は、きっと自分の考えで頭が凝り固まった時だから、警鐘を鳴らしましょ。

 

 

 

タッピング療法

鬱病の改善にタッピング療法というのがあるそうね。

東洋のツボを使った療法で、持続的に行うことで、心のストレスを軽減していくものだそう。

http://www.jatft.org/stress-caring.html

TFT Thought Field Therapy 思考場療法と言われるもの出そう。

日本TFT協会という一般社団法人もあるのね。

 

鬱病の患者だけでなく、現代人のストレス緩和や、災害時のストレス緩和などにも推奨されているようね。

実際私もやってみたわ。

 

なんとなく頭がスッキリしたような気がするし、少し気が滅入ってたのが改善されたような気がしたわ。(なんとなく)

 

多分あれね。自分の感情の変化に気づきにくいような人は、あまり鬱病にもならないのかもしれないわね。。

 

実際7割の人がこの療法で改善されるみたいだから、興味のある方はやってみてちょうだい。

 

働き方について

働くということについてよく考えるのです。

特に前の会社では毎年異動があったので、初めての仕事仲間や、初めての仕事場所で取り組むときに、「どうしたら馴染めるのか」「どうしたら認めてもらえるのか」ということを考えることが多かったの。

 

相手に代わってほしければ自分が変われ。理解は気づいた方からするもの。」

by キミツー映画「母さんが僕をどんなに嫌いでも」より

 

このセリフがそんな時、頭をよぎります。

「母さんが僕をどんなに嫌いでも」は映画館で見たけど胸がえぐられるほど悲し苦しかったわ。

これはお金持ちのキミツくんが言う、他人の理解についてのセリフだけれど、私は、どんな時も「気づいた人がやればいい」と思うの。

理解にしたって、仕事にしたって。

仕事してると「もっとこうした方がいいのに」と思うことがあるじゃない。それと同時に「私の仕事じゃないわ、あの子がやらなきゃいけないのよ」と思うこともあるじゃない。

そうではなくて「私が先に気づいたのね、これは私がやることだわ」と思うの。

そんなに何もかもあの子が気付けるわけじゃないし、自分が気付けたことはそれだけであなたに使命が与えられたようなものなのよ。

気づきは神様からの啓示なのよ。あなたがやるべきよ!

ただ、赴任したては、気づくことがあっても「出しゃばっちゃよくないかしら」と思うじゃない。それでもやるの。

それでも、自分が気づいていいと思うことはやるの。そうすることでとにかく、自分にできることがあると自信になるし、常に考え続け動くことが自然にできるようになるわ。

思いついたことを、思いついた先から「でも、目立ちすぎかしら。失敗して迷惑かけちゃうかしら。指示を待ってた方が無難ね」と打ち消し続けたら、何も考えられなくなる。指示の通りにしか動けない、ロボット人間になってしまうわよ。

 

千里の道も一歩から

 

これは私が最近実感したことなんだけど、やっぱり何事もコツコツやるしかないのよ。それが一番近道なの。

短期のバイトでチラシ配りをやっていたことがあるのね。1000部のチラシをいかに早く配るかを考えるじゃない。

高層マンションがあれば、手っ取り早くてずらっと並んだポストにどんどん入れて、100くらい稼げたりするわけ。でも高層マンションも10も20もあるわけじゃない。

そこで次に考えるのが、小さなアパートでも一気に6〜10くらい入れられる物件。ただ、これを探している間に、一軒家をいくつか通り過ぎるのよね。

初めは見向きもしていなかったのよ。一軒ずつ入れてたら日がくれると思ってね。でもアパートに入れてもいよいよ減らなくなってきたわけ。「これはもしやコツコツやるしかないのね!」と気づくじゃない。

一軒ずつ入れていきます。

するとびっくり、みるみる減っていくのよ。一軒ずつ入れて行った方が、断然減るのよ。自転車乗ったり降りたり乗ったり降りたり、おまたが擦れるかと思ったわ。でも、一気にチラシはなくなったわ。

 

「そうなのね。コツコツが、やっぱり大事ね。一気にやろうとするのは横着が悪い、とかそう言う話じゃなくて、面倒でもコツコツが一番早いのね、そうなのね。」と。

焦りそうになる時、考えばかり先に行きそうになるとき、自分に言い聞かせているわ。

 

働くことはまだまだ考察があるから、今日はここまで。

次号もお楽しみに。

 

 

西野亮廣 新・魔法のコンパスを読んだ。

後輩のK君から、キングコング西野の考えを尊敬してる、と聞いたのは2年前のこと。

それまで目もくれたこともなかったが、興味本位でfacebookでフォローしていた。

 

その後、なんとなく目に飛び込んでくることだけを流し読みしていたが、ついに西野亮廣「新・魔法のコンパス」を購入するに至った。

「挑戦を続けるにはお金の問題を解き続けなければならない」という言葉が響いたから。

 

https://www.amazon.co.jp/新・魔法のコンパス-角川文庫-西野-亮廣/dp/4048964550/ref=nodl_

 

私は3月に星野リゾートマネジメントを退職し、カナダへのワーホリを決めたところだ。6月に出発する。

 

幼い頃から海外への憧れは強く、夢は世界一周だった。体力がないと世界一周はできないと思い、大学で合氣道部に入り、体力をつけ、お金が必要だと思い、面白そうだと思った会社に入り、お金がある程度たまったので、海外でまず、暮らしてみることにしたのだ。英語も勉強しなきゃだしね。

 

ただ、たまったお金もすぐに底はつきる。

そして、夢だった世界一周も、歳をとるにつれ、それほど魅力的ではなくなってきた。経験としては面白いけど、もっと面白いことがありそうな気がしてきた。

 

誰かのために何かをしてお金をもらって、つまり働いて、同時に自分の幸せもふくらませていきたい。仕事の内容は私にしかできなくて、面白いものがいいなぁ。そう思うようになった。

 

そして、問題が発生した。

何して稼ぐ?

 

その時出会ったのが

「新・魔法のコンパス」だった。

「そうそう。稼がなきゃなんだけど、労働っていう嫌な感じなく、むしろ稼ぐことを自分の幸せにできるにはどうしたらいいのか教えてくれよ!西野さん!」という気持ちで購入。

 

読んでみた感想は、

・職業の掛け合わせで希少価値を上げる、つまりカナダへの挑戦が必ず生きる気がする!という希望が湧いた。

西野亮廣は本物のエンターテイナーだ、な。

・だって、字も普通の文庫本より大きくてそんなに文字数も多くないこのページ数でこらえきれないくらい笑わせられ、感動させられたのだもの。

・夢を持つものの責任、そして、過去をアップデートする、という言葉がすき。です。

 

何して稼ぐ?の回答は具体的にまだ見つけ出せていない。でも、自分にしかできない価値を提供する方法を見つけるためには、挑戦し続け可能性を広げていく、という従来のスタンスで間違ってなかった、とわかった。

 

英語が話せるようになって、海外で難なく暮らせるようになったら次のステージへ進むだけだ。そこには今の私にはできない仕事があるに決まっているのだから、それでいい。

 

希望を取り戻させてくれた西野さんに感謝です。

 

ぜひ読んでみて。後悔することはないよ。

https://www.amazon.co.jp/新・魔法のコンパス-角川文庫-西野-亮廣/dp/4048964550/ref=nodl_

 

 

 

 

ここにいる自分がまず大事

SNSが流行りだして、何年も経つが、SNSが仕事や事務的なこと以外の人との関わりや、自分自身の表現のために使われるようになって、それが時に自分を苦しめていることに気づく。

 

どう見られるかということについて、自分そのもの以外のインターネットという世界の中での自分まで気を配らなくちゃいけないなんて。

 

疲れちゃうと思う。

今ここにいる自分のために使う、SNSならばよいけれど、今ここにいる自分を邪魔したり、苦しめるためにSNSを使っていると気付いたら、すぐにやめよう。

 

なによりも、3Dで今ここにいる自分が大事だよ。インターネット上で発信していないからっていないことにはならないし、インターネットで人とつながっていないからって、孤独な訳じゃないんだよ。

 

 

男と女の間の人

今、時代が求めている人は、男と女、女と男の中間にいる人だとつくづく思う。

時代というか、これからの未来において、だ。

それぞれが担う役割は、生殖活動の一部分においてのみ両極端であれば良い。

感覚や感性や頭脳や心は、お互い寄り添い合う柔らかな、それでいて冒険的な、それでいて持続的、だけれども勇敢な、どちらへも自然と流れられる人が、増えていく(増えていくということはつまり、必要であるということ)のではないか。

もちろん一部、残っていくと思うけれども、ちょっと時代遅れの人になるんじゃないかな。とても女性的であったり、とても男性的であるということは。

でも時代遅れのレトロな感じとか、バブリーな感じも流行ったりするから、それを一つのコンセプトとして売り出す人がいてもいいと思う(平野ノラみたいな)

昭和のおっかさんとか、昭和の頑固親父、みたいな人は組織の中ではどちらかというと時代遅れになっていく気がする。

 

少女や少年のように、お互いの可憐さとお互いの冒険心に惹かれ合うような若くてどちらにもなりきれないみずみずしい感性が今からの未来では生きてくるのではないだろうか。

 

そんな気持ちで私も、毎日を生きている。

ワクワク、とほほえみを絶やさずに、赤ちゃんみたいな気持ちで世界と向き合う。全ては考え方と捉え方次第と言うならば、その捉え方が若くてイマジネーションに溢れている方が、絶対に人生は面白い。と思うのだ。

 

イマジネーションというのは、とても大事だ。

どんな瞬間にもイマジネーションは生まれてくる。その目の前のコーヒーを手にとってみて。何を感じる?

「冷たい」から広がる世界

「苦い」から広がる世界

「コーヒーと自分」から広がる世界や記憶

「マグカップの重み」から生まれるアイディア

 

そこにワクワクする何かを見つけられたら一瞬一瞬がワクワクの連続になっていく。そうやって頭を動かし続ければ、さらには自分自身がどんどん先へ行ける

どんどん先へ行くというのは、脳を発達させて行けるということだ。

自分の脳がどこへ行くのかなんて決めなくていい。

毎日考え続けて、毎日答えやアイディアを出し続ければいい。

その時その時考えが変わるなんていうのは当たり前。

脳は成長しているのだから。

 

目標を決めるというのは限界を決めるということだ。

発想力があればその目標なんかは、明日にでも実現できてしまうかもしれないし、明日また考えてみたら、その目標を達成したところで、何も変わらないと気づくかもしれない。今この瞬間のこうなりたい自分の連続でいいのでないかしら。

 

その目標に縛られてしまうのは勿体無い。

いつでもやめられる、いつでもできる、その自由さの中で全力で考え続けること。

 

 

男と女。そのどちらにも、私はなりたい。

自由であり、厳しく優しくありたい。

 

 

変化

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変化には痛みが伴うものだ。昔そう教えてもらった。成長痛のように、実質的な痛みもだし、心が成長したり、環境が変わる時にも、痛み(心の痛みは、悲しみや苦しみやしんどいという想いとしても現れる)が伴うものだ、と。

 

今まさに、変化の時だ。会社を辞めて、自由に働く魅力的なチームに参加するか、会社を辞めて、世界を見に行くか、その二択で迷っている。

 

前者を選べば、好きな人と、それなりの安心感の中、アイディアや、今までの経験を生かす環境で働くことになると思う。ただ、チームはまだ未熟で、学ぶことも多いが、自分の意志の強さが不十分な中働くには、時間の使い道として有効でない気もしてしまう。

 

後者を選べば、身の危険や言語の壁、金銭的な不安の中の旅になると思うが、影響を受けやすい私にとって、文化の違う世界に身を置くことは、いい意味で変化をもたらすと思っている。自分の根っこの良心さえ失わなければ、どんな過激な変化の中でも道を間違うことはなさそうだ。

 

この変化には、失恋の心の痛みが伴っている。エネルギーの発信源で、それを導いてくれた人が前者のチームにいる。感謝。ただその人に対して中途半端な気持ちでチームに参加することはしたくない。

 

年齢がある。若いうちに、結婚する前に、自由に世界を飛び回る経験をしておこう。

後者を選ぼう。

 

英語を学び、カナダに行こう。

自然の中で暮らし、すてきなレストランで働こう。気が向いたらそのほかの国にも飛んでみよう。プロモーターなわりに、1つの物事はゆっくり味わいたいタイプなのだ。世界一周よりも、1つの国をまずじっくり味わってみよう。それを足がかりにして、より身軽に生きていこう。

 

小さな意志だが、今、この意志をつかまなければ、ならない気がするのだ。

 

痛みが伴おうとも前に進もう。

痛みさえも笑い飛ばして、駆け出そう。

 

かきぞめ

かきぞめ。

 

新しいことを始めるときのワクワク。

 

だいすきな人を抱きしめるときのときめき。

 

たっぷり眠って目覚めたときの安らかな安心感。

 

柔らかいひざしを浴びてそよ風が吹いたときのここちよさ。

 

人が人を想う気持ちにふれたときの感動。

 

自分の中にある宝物みたいな気持ちたち。

 

 

 

 

一生、探検、未知なる世界へ。